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プロの簡単レシピ特集

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洋菓子を語る

洋菓子を語る

理論を学ぶことで、“ルセット”を超えた洋菓子作りができる。

京都屈指の人気洋菓子店「パティスリー オ・グルニエ・ドール」。
町屋を改装したモダンな店内には、話題の洋菓子がずらりと並びます。
飾らない人柄が魅力の西原金蔵さんに、
洋菓子作りへの熱意とこだわりをお聞きしました。

料理の世界に興味を持ち、行動を起こした20代。

若い頃の私はパティシエになるとは考えてもおらず、農業高校卒業後は岡山で家業を継いでいました。しかし、どこか違和感を覚え、1年後に「京都グランドホテル」(現リーガロイヤルホテル京都)にホールスタッフとして転職。当初は接客業に興味を持って入社したはずだったのですが、キッチンの調理風景を見るうちに料理に興味がわき、3年後には大阪・阿倍野にある「辻調理師専門学校」へ入学したのです。それが、私が料理の道を歩む第一歩でした。

当時の校長・辻静雄氏は、フランス料理・フランス菓子の研究家として有名な方で、辻校長にはそれらが持つ魅力を深く教わりました。「本物」を伝えたいという校長の熱い想いがあってこそ、今の私があるのだと思っています。

アルバイトをしながら専門学校に通うこと1年。アルバイト先でできた縁から、卒業後、私は一度目の渡仏を果たします。滞在したのは約3年間。パティシエになりたいという思いはすでにありましたが、私はその時、和食やフレンチなど、さまざまなレストランの調理場を経験しました。洋菓子作りに直接関係はしませんが、料理をする場における人間関係の重要性を学べる、貴重な体験であったと思います。

また、私は4人兄弟の末っ子。上には3人の姉がいて、大変甘やかされて育ってきたこともあり、フランスに渡った3年間で初めてお金の大切さを知りました。地下鉄やコーヒー1杯分のお金でさえ惜しむ日々があったからこそ、計画的なお金の使い方、本質的な人間性を身につけることができたのだと思っています。

パティスリー オ・グルニエ・ドール 西原金蔵シェフ画像

西原金蔵(にしはら・きんぞう)シェフ

「パティスリー オ・グルニエ・ドール」のオーナーシェフ。1987年、フレンチ界の巨匠、アラン・シャペル本人のオファーでフランス・ミヨネーにある「アラン・シャペル」にて日本人初となる3ツ星レストランのシェフ・パティシエに就任。1989年に帰国後、「ホテルオークラ神戸」の副製菓長などを経て、2001年、京都に自身の店をオープン。お菓子教室「エスパス・キンゾー」を主宰するなど、お菓子作りのノウハウを広く発信している。

大きな転機となったアルパジョンのコンクール。

アルパジョンとは、フランスの3大料理コンクールのひとつです。帰国する前に何か思い出作りがしたいと思った私は、ピエスモンテ(飾り菓子)の部門で出展することを決めました。この部門を選んだのは、「辻調理師専門学校」の卒業料理展でウェディングケーキを制作した経験があったからです。

その時、私の作品の土台となったのが、専門学校時代の資料を頼りにフランスで入手した古典的な料理本「Urbain Dubois(ユルバン デュボア)」です。この中には飾り菓子をはじめ、19世紀頃のフランス料理のレシピが数多く記されています。非常に切り詰めた生活を送っていた私にとって、この本は大変高価なものでしたが、どうしても古典的なレシピを参考に洋菓子作りがしたいと思い、購入を決めたのです。

実は、私は今でもフランス語が堪能ではなく、当時は料理本を読むのも一苦労。辞書を片手に解読し、試行錯誤する日々が約1カ月続きました。当たり前のことですが、コンクールにかかるお金は自腹のため、試作時の失敗はかなりの出費につながります。いかに失敗せず作れるか、一つひとつ真剣に取り組みましたね。出展の1週間前は、神経が高ぶって眠れない日々が続きました。

そしてこのコンクールで銅賞を受賞。結果よりも、“ひとつのことにこれだけ真剣に打ち込んだ"という経験からくる感動を今でも覚えています。このコンクールは、私にとって大きな自信につながりました。

かつての縁に導かれていった
パティシエへの道。

フランスでの3年間と、最後に出展したコンクールによって、洋菓子作りの世界で生きていくことを決意しました。そして、帰国後、パティシエとしての職を探していた私に、運命を感じる出来事が訪れます。

当時、時の人として世界的にクローズアップされていたのが、36歳という史上最年少の若さでミシュランの三ツ星を獲得したアラン・シャペル氏です。シャペル氏のことはもちろん知っていましたし、渡仏していた頃はフランス・ミヨネーにあるレストラン「アラン・シャペル」に行ってみたいとも思っていました。とはいえ、切り詰めた生活をする私が三ツ星レストランに行くのは夢のまた夢。ところが、帰国後少し余裕が出た私は、「神戸ポートピアホテル」に「アラン・シャペル」の支店がオープンしていることを知りました。そして、早速妻と共に店を訪れました。それがすべての始まり。そこでは偶然にも、かつての同僚と、「京都グランドホテル」の総料理長、そして製菓長が働いていたのです。

なんという巡り合わせでしょう。細い細い縁の糸をつたい、私は「アラン・シャペル」で専属のパティシエとして働けることになりました。

シャペル氏に出会ったのは、それから3カ月後。来日したシャペル氏は3日間、私に15~20種類のデザートを作らせては「あれはダメ、これはいける」と作り直しの指示を出しました。思えばそれがシャペル氏の試験だったのでしょう。その後、シャペル氏自らが人事の方に取り継いでくれたことにより、私は希望の勤務条件で就職することができました。そして2年ほど経った頃でしょうか。シャペル氏は私にミヨネーでパティシエとして働くことを提案してくれました。シャペル氏と共に働くため、再びフランスへ渡る決意を固めたのです。

食材のおいしさを邪魔しない、
そんな洋菓子を作りたい。

レストラン「アラン・シャペル」から学んだ大切なこと。

ミヨネーの「アラン・シャペル」では、多くのことを学びました。まずはシャペル氏の著書のタイトルにもなっている『料理ルセットを超える』ということ。この言葉には、シャペル氏自身の料理哲学が込められています。私はシャペル氏に、“決められたことを決められたように作るのが料理人ではない"ということを教えられました。素材の良し悪しを見抜き、その状態によって調理法を変える、あるいは食べる人に合わせて味つけを変える。ルセットを超えるとは、レシピ通りのものを、よりおいしいものに変えるということだと理解しています。

シャペル氏は、自ら市場や農家へ買い出しに行っていました。そして、それらの食材がどのように調理されるのか、必ずパティスリーへ見にきたものです。それはまさに「食材を見極めて調理しているか」の確認だったのでしょう。

また、シャペル氏からは味へのこだわりだけでなく、三ツ星を獲得するお店の条件を学ぶことができました。雰囲気、サービス、接客などすべてのバランスが整ってこそ、わざわざ行く価値のあるお店になるのです。私自身、「オ・グルニエ・ドール」では、スタッフ間の人間関係にとても気を遣っています。“物作り"をするということは“人作り"をするということ。私がどのような店を目指しているのか、それを常に発信しなければいけない。また、伝えるだけでなく、相手からのメッセージも受け取っていく。オーナーシェフにはそれだけのパワーが必要だと感じています。

洋菓子作りに欠かせない食材へのこだわり。

本来、洋菓子というものは自然に実った果実をおいしく食べるための調理法でした。昔は酸っぱいもの、固いものをいかにおいしく調理するかが課題でありましたが、現代では品種改良が重ねられ、食材は生で食べてもおいしいものになりました。食材が大きな変化を遂げた今、昔と同じレシピは通用しにくくなっているのです。

これもシャペル氏の『ルセットを超える』という考え方に関係しています。洋菓子作りには技術に加え、理論の解釈が必要です。決められたレシピ通りに調理するだけでは、本当においしいものには到達できないように思われます。食材の変化を見抜き、どのような作業が必要なのか、調理法を理論的に考えることが求められるのです。私が目指すのは、食材の味をそのままに活かした洋菓子作り。既においしい食材の足を引っ張らず、引き立てるよう、小麦粉やバターなどの素材と合わせることが私の洋菓子作りの基本です。

また、旬を先取りしないことも、大切にしていることのひとつ。旬を迎えた食材は、最もおいしい状態かつ、低価格で手に入れることができます。私が作りたいのは、高級な洋菓子ではありません。フランスの家庭的な、どこか懐かしい洋菓子なのです。

直伝レシピ

パウンドケーキの作り方に見る西原金蔵流 洋菓子作りの考え方
シンプルなレシピで家庭でも作りやすいパウンドケーキ。実は、さまざまな洋菓子に通ずる、作り方の基本が詰まったレシピであることをご存じですか?西原シェフから“ パウンドケーキ”というベーシックなケーキの作り方を教えていただく中で、シェフの洋菓子に対する考え方を探ってみました。

  • パウンドケーキ

西原さんのこだわり

『食材を知ることは、料理の基本。人とのつながりも大切に』

「オ・グルニエ・ドール」では、小ぶりないちごなど、味や品質には問題ありませんが、形や大きさの不揃いにより市場に出回らない食材も使用することがあります。「高級なもの=最高のもの、ではない」というのが、西原シェフ流の考え方。「食材を無駄にしないことは、生産者を大切にすることにつながる」。これは、アラン・シャペル氏に学んだことのひとつだと、西原シェフは話します。形が悪く出荷されなかった食材も、食材を加工する洋菓子に使うには問題ありません。少し甘さが足りない時は、状態を見て味を調整すれば良いのです。できるだけ現地に出向き、農家の方と食材を無駄にしないよう直接やりとりすることを、西原シェフは大切にしています。

パティシエを目指す若者たちへ

貝印スイーツ甲子園』で審査委員を務めている西原シェフ。次世代を担う若者たちに向け、期待を込めたメッセージをいただきました。

幅広い探求心を持ってこそ、お菓子作りに深みが生まれる。

私が若者たちに伝えたいのは、お菓子作りの勉強をするだけではなく、幅広いことに興味を持ってほしいということです。音楽や、芸術、日常生活で出合うもの……。幅広い知識や体験は、結果としてお菓子作りの創造性へとつながっていきます。例えば、当店の代表作「ピラミッド」は、ルーブル美術館のガラスのピラミッドにヒントを得て完成したものです。シャペル氏とルーブル美術館のレセプションを訪れた時、その美しさに魅せられた私は「いつかこのピラミッドをお菓子で再現したい」と強く思いました。このように日々の体験が、新たなお菓子を創造する上での鍵になるのです。

しかし、イメージを形にするためには、お菓子作りや食材に関する知識が必須となります。『貝印スイーツ甲子園』の審査委員をしていて思うのは、若者たちには、調理手順一つひとつに対する理論や材料学の部分が足りていないのではないか、ということです。最近の作品は、視覚的要素や表現力には目を見張るものがあります。私たちの世代に比べ、得られる情報が多いからでしょうか。テクニック的には非常にレベルが高いのです。ここに理論がプラスされていくと、彼ら、彼女らは大きな成長を遂げると思います。

決勝大会の審査中は「リラックスして、本来の力を発揮してほしい」と笑顔で会話することも。

高校生たちが作ったお菓子を試食。若者たちの未知なる力に期待しながら審査を進めます。

「オ・グルニエ・ドール」のサロンには、楽器やスピーカー、レコードなど、西原シェフの趣味の数々が。洋菓子作りは、音楽からインスピレーションを受けることもあるのだそう。

しかし一方で、これは無理もないことなのかもしれない、という思いもあります。最近は昔に比べ、選択の自由が広がっています。その分、若者たちは、自分の目標を決めにくくなってしまうのかもしれません。私の場合は、一度社会に出てから、今後の将来にどうしても必要だと感じ、自分で学費を稼いで専門学校に通いました。当時の私は、知識や技術を吸収するために必死でした。

しかし、若者たちは、その気になれば私よりも高い知識や技術を身につけることができるはずです。高校生だからこそ、基礎の部分もしっかり学んでほしい。お菓子作りの将来に期待しながら、毎年のコンクールをとても楽しみにしています。

パティスリー オ・グルニエ・ドール

〒604-8127 京都府京都市中京区堺町通錦小路上ル527-1
営業時間:11:00~19:30(サロン・ド・テ オ・グルニエ・ドールは11:00~19:00)
定休日:水曜 ※月1 回不定休あり(火曜または木曜。要確認)
Tel:075-213-7782

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